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2005/09/29

第3回

人生はオシャレを必要とするか?

黒 瀬 智 也

(岡山県倉敷市出身,2003年度入学)


 

 今回,このコラムを書くことが決まったときに,教授にひとこと・・・「自由に書かせていただきます」。ということで,趣味丸出しながら「オシャレ」について書くことに決定。

「格好いい男」になりたいと思ってこれまで生きてきた。これからもそうだろうし,多かれ少なかれ,みんなそういう想いはあるんじゃないかな?それじゃあ,格好いいってなんだ?オシャレってなんだ?

 岡山のフリーマガジン「PLUG・2005・AUTUMN」のワンコーナー「新世代如是我聞」に「アナタにとってオシャレをする事は何%必要ですか?」とあった。10代~30代,64人のオシャレに対する想いが2%~120%の中に収められている。自分ならどうだろうか?迷わず答えるかな,100%。ちなみに2%と書いた人のコメントが「中身が最高級ダカラ(ハート)」…なんだそりゃ。そのコメントに「中身が最高級」のカケラも見えない,という話はおいといて,中身と外見を何故わけるかな?

 オシャレは外見の問題だろうか?オシャレ=ファッション=外見…あまりにも短絡的。オシャレとは,ファッションとは,その人の持つものすべての集約だ,が持論。その人がこれまでにどんな音楽を聴き,どんな本を読み,どんな絵・写真・映画を見てきたか,そして,どんな人達と出会ってきたか。すべての経験がその人のもつセンスとして蓄積され,個々人の表現として自らの内と外に現れる。そこにオシャレというべき何かは存在する。モードの世界(特にメンズ)は音楽を必要としている。音楽がデザインのインスピレーションになることは自然なことであり,それ以外にも映画や建築物など様々なものがデザイナーのセンスを磨き上げている。ファッションは外側だけの問題ではない。

 ファッション・ライフスタイル・キャラクターすべてに,その人のセンスが現れている。TPOと相手にあわせて,色・スタイル・香り・音楽・場所・会話などを,自然に自分にブレなく決めていくことがセンスの幅であり,その幅をどれだけ広げられるかが,その人のオシャレを決める。幅を広げる…つまりは「あらゆることに余裕を持つ」と言うことかな。余裕のある人って格好よくない?

 何かを見るとき,聴くとき,学ぶとき,余裕を持って,センスを広げるつもりでひとつひとつのことをやってみてはどうだろう。あらゆることがオシャレになること,格好よくなることに繋がってくると僕は思う。大学での勉強だってそうじゃないかな?ただ,そこには楽を求めず,自分から学ぶ意思が必要になるんだろうけどね。

 と,まあ,なんとかオシャレから大学の勉強まで話を繋げられたってことでめでたしめでたし。人生はオシャレを必要とします!絶対に。

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