Leaders Interview

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それは
データサイエンス

Leaders Interview

統計数理研究所 所長
樋口知之(ひぐち ともゆき)

データサイエンスのLeaders Interviewは,大学共同利用機関法人 情報・システム研究機構 統計数理研究所の樋口知之教授です。統計数理研究所は,日本で唯一,統計学を専門とする国の機関で,その所長である樋口先生に,データサイエンスの大切さについて,2016年3月11日,お話しを伺ってきました。

まず、今の社会で求められている重要なこととは何か、経営やマーケティングとからめて、お考えをお聞かせください。

人にしかできないことを見極める

いま,まさに生活スタイルや産業構造が根本的に変わりつつあります。従来の大量生産・大量消費の時代から,一人ひとりに合わせたモノやサービスを提供する時代になっています。同時に,機械化がどんどん進んでいます。ということは,機械に任せられることは何か,だからこそ,人にしかできないことは何かを見極める必要があります。たとえば,サービスにしてもどんどん機械に置き換わっています。しかし,人にしかできないサービスもあります。これを明確にして,機械をより高機能化させるビジネスに注力するのか,人にしかできないビジネスを展開するのか,しっかり考えていかなければならないと思います。たとえば,情報系の企業であれば前者,クリエイティブな企業であれば後者です。人それぞれが求める価値の実現のために,機械,人ができることを見極めていかなければなりません。

国際競争に勝つ:グローバル化を支える1つがデータサイエンス

国際競争に勝つことは当然,そのために,グローバル化に取り組まなければなりません。このグローバル人材に必要な能力には3つあります。1つ目は「英語力」。これは,あたり前ですね。2つ目は「コミュニケーション力」。これは単純な英語力やよく勘違いされるプレゼン能力ではなく,相手が求めているものは何か,こちらが言っていることを相手が理解してくれているかなどをしっかり意識しながら,対話を進めていく力です。そして,3つ目が「データサイエンス力」です。傾向を知る,戦略を立てる,評価をする,などなど,一般的な活動はデータの分析なしには成り立ちません。このデータを基にものごとを分析・判断していく力が3つ目のカギです。

ビッグデータははずせない

eコマース企業などはビッグデータの活用に本腰を入れています。ライバル企業がどのようにデータを生かしているか,いかに他社よりデータを活用できるか,この探り合いが企業の勝敗を左右する時代になりました。今後は,データを活用しない企業は生き残れないでしょう。当然,国際競争力をつける必要がありますから,グローバル人材が備えるべき能力として,ビッグデータが活用できるデータサイエンス力が必須ということになります。

文系・理系の切り分けも無意味に

このビッグデータの登場によって,これまで対象となっていなかった分野にもサイエンスのアプローチで切り込んでいけるようになりました。いや,必然的になった,といった方がよいでしょう。「サイエンス=理系」という図式や,この文系,理系という切り分け自体がもう意味をなさなくなっています。早くこのことに気づいて対策を立てていかないと,世の中の動きから取り残されていきます。

お話の中に「価値」という言葉が出てきました。少し補足をお願いできますか。

価値とはニーズ,そこからサービスが生まれる

「価値」とは,客観的でなく主観的,絶対的でなく相対的なものです。価値は,それ単独で存在するものではなく,受け手があって意味をなします。すなわち,同じことでも,受け手が変われば,その価値も変わります。だから,主観的,相対的となるわけです。別様にいえば,価値はニーズなんです。世の中は,ニーズドリブン*1で動いていますし,サイエンス自身がニーズドリブンですね。ニーズドリブンであるということが,まさにサービスにつながるわけです。この「価値」を製品やサービスにつなげることができるかが,「価値創造」のポイントといえるでしょう。

現代における「データサイエンス」の役割や大切さについて,どのようにお考えでしょうか。

データサイエンスは横串である

データサイエンスは,さまざまなものをつなぐ横串といえるでしょう。すでに述べてきたように,世の中はデータを基に判断することがベースとなっています。これまでは,そこに必要な知識を「数学」や「統計学」といった既存の枠でとらえ,個別の分野は個別の分野で閉じようとしていました。しかし,いま,分野横断的に,大きな広がりをもってものごとをとらえるものとして,あるいはそれらをつなぐものとして,データサイエンスがあるといえます。

データサイエンスはカタカナがよい

ところで,なぜ,「統計学」や「データ科学」とよばず,「データサイエンス」とよぶのでしょう。その理由は2つあると思います。1つは,技術的な観点からです。現在,機械学習やAI(人工知能),ディープラーニングなど,統計学だけでなく,新しい技術がデータを基にさまざまな問題を解決するようになってきました。最近の例でいえば,囲碁。ディープラーニングを使ったAIが棋士に勝利するという,その実現がもっと先であろうと予測されていたことが,データを基にしたアプローチにより,もう可能になろうとしています。データにかかわる技術が輻輳的で広がりがあるということを,「統計学」などの既存の印象を超えた呼び名で表そうとするものです。もう1つは,もっと重要で,社会的な意味です。データが世の中のいろいろなものをつなぐものとなってきた,データが中心の世の中になってきた,ということから,私たちの身の回りでのデータの存在を意識させようというものです。技術的な広がりと社会的なニーズの高まり,この2つの観点から,あらたな概念を想起させるのに,カタカナ表記がいいんですね。「生命科学」と「ライフ・サイエンス」,この2つのニュアンスは違いますよね。この関係と同じようにとらえてもらえばよいでしょう。日本の官公庁でも「データサイエンス」や「データ・サイエンティスト」という用語を使うようになってきています。

実は,人材不足

実は,日本では,データの分析を行うデータ・サイエンティストが大変不足しています。間もなく日本で初めてのデータサイエンス専門の学部がスタートしますが,これまで,日本には専門の学部・学科はありませんでした。では,既設の学部・学科で,データ・サイエンティストが十分に養成できていたかというと,統計学を正しく使いこなせる専門家が足りないという現実が,その結果を表しています。これまで,日本は統計学をなおざりにしすぎていました。アメリカなどでは,大学でデータを扱うプロフェッショナルを育成し,企業に勤めてからもスキルアップの機会をしっかり設け,企業体力を保っています。目に見えないデータ分析に目を向けること,それを小・中・高からしていかなくてはならないと思います。

最後に,来春,本学で開設予定の「経営学部」やそこで学ぶ大学生に期待することなど,ひとこといただければ幸いです。

自然な流れに乗り切れないのはダメ

世の中の自然な流れに対応できるかどうかが,今後の学部や学科の命運を分けるでしょう。データを使うことはもはや常識。しかし,既設の学部・学科で,この流れにすぐに乗れるかというと,さまざまなしがらみから,それほど簡単にいかないのが実際のところでしょう。その点,あらたに開設する貴学の経営学部では,柔軟な対応が可能であり,また,そうなっていると思います。ゼロから作るわけではないので,必要な土台や資材は,貴学のこれまでの資源が有効活用できていますし,上記の変革や流れもうまく反映されていて,大変好条件の下でのスタートと思います。データサイエンスの観点も十分に盛り込まれており,特に,貴学式のコーオプ教育*2である「課題解決ラボ」ですか,企業の方と共同で実際に企業が抱える課題を解決していくという科目は,データを活用せざるを得ず,データサイエンスの意味でも,経営学のノウハウを実地に応用するという意味でも,大変魅力的な演習授業だと思います。

データサイエンスを活用するための基礎と引き出しをたくさんもつこと

学生のみなさんにつけてほしい力としては,最初にいいましたように,横串を通せる力です。その「横串」の具体的な手立てが「データサイエンス」ですが,この「横串」は,学問分野に通すという意味と,もう1つ,部署間に通すということも念頭においてほしいと思います。たとえば,大きいチーム(企業)に入って,自分の得意とするところでがんばる場合もあれば,非常に小さなチームに入って,その核として働く場合もあるでしょう。後者の場合,自分一人ではすべてはできないでしょうから,人的ネットワークが必要になってきます。こういうときには,どこに相談すればよいかというネットワークをもっておく,つまり,人的なネットワークに横串を通せることも必要ですね。そして,こんなときには,こういう解決に向かうとよいといった「引き出し」をたくさん持っておくことが大切です。どんなところに行ってもデータは必要になることから,こういうときも人と人を媒介してくるのは,データだということになります。

情報無人島で過ごせるかな?

ついでにいえば,「情報無人島」でも力を発揮できる人になってほしいとも思っています。「情報無人島」とは,私の造語ですが,「検索」が一切禁止された環境を指します。いまは,情報がどれだけ活用できるかで,個人の能力が測られる時代ではありますが,万人に平等に情報が提供される時代になったわけで,では,逆に,その情報が途絶えたときに,どんな力が発揮できるか,といった観点も一つの実力の見極め方ではないかと思います。情報がないと動けない人か,情報が自分の知性となっているか,その違いが情報無人島では見えてくると思います。

データ・知識・知性を意識できる人に!

最後に,「データ」,「知識」,「知性」,この3つをしっかり意識して勉学,研究に励んでほしいと思います。「データ」と「知識」は違います。「知識」と「知性」も違います。「データ」は分析することで「知識」化されます。「知識」は引き出しであり,静的です。この「知識」を使えるようにする,動的にすることが「知性」です。 これからできる貴学の経営学部・経営学科は,いまの時代に必要なデータ分析力やそれに支えられたビジネス力がしっかり学べる学部・学科であると期待しています。「データ」,「知識」,「知性」を意識して,しっかり学びを深めてほしいと思います。

本日は,お忙しい中,ありがとうございました。

*1 ニーズドリブン・・・人々のニーズ(要求や需要)に基づき,ものごとを進めていくということ。
*2 コーオプ教育・・・Cooperative Education (COOP教育)。企業が主導となるインターンシップと異なり,大学と企業が連携して取り組む人材教育のこと。大学の教育カリキュラムの中に企業での経験を位置づけ,大学での学びと企業での体験とをしっかり連動させる。


樋口知之(ひぐち ともゆき)
http://www.ism.ac.jp/~higuchi/
理学博士,統計学者。
情報・システム研究機構理事
統計数理研究所 所長
モデリング研究系教授/総合研究大学院大学教授 東京大学理学部地球物理学科卒業,東京大学大学院理学系研究科博士課程修了。統計数理研究所予測制御研究系予測理論研究部門助手,教授,統計数理研究所予測制御研究系システム解析研究部門教授,予測発見戦略研究センター副所長を務め,現在,同研究所所長。



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